Philosophy

「風景をつくるということ」

建築は、完成した瞬間だけのものではありません。
街の中に置かれ、人が出入りし、時間を重ねることで、少しずつ周囲に馴染み、
あるいは違和感を残しながら、やがてひとつの風景になっていきます。

私たちが大切にしているのは、建築そのものを強く主張することではなく、
その建築がどのようなまちの風景として存在するのか。
通りを歩く人の視線の先に、どんな輪郭が残るのか。
使う人の振る舞いによって、どのような空気が生まれるのか。
そして、建物の内側に立ったとき、外の世界がどのように切り取られて見えるのか。

風景は、意図だけでつくることはできません。
同時に、偶然に委ねすぎても成立しません。
事業や用途、法規や施工条件といった現実的な制約の中で、
何を選び、何を捨て、どこに線を引くのか。
その一つひとつの思考と選択の積み重ねが、結果として風景をかたちづくっていきます。

完成写真が一番美しい状態である建築よりも、
人が入り、使われ、少しずつ表情を変えながらも、
なお意味が失われない建築でありたいと考えています。
時間が経ったときに、「なぜ、こうなっているのか」、
そこに、思考と物語の痕跡が残っていること。

私たちにとって風景とは、装飾的なイメージではありません。
建築が社会や暮らしの中に置かれた結果として、静かに現れるものです。
建築を通して、街の中に、人の営みの中に、そして建築の内側から見える世界の中に、
時間とともに根づいていく風景をつくる。
それが、私たちの設計が目指していることです。